Appleはもう「未来」を見せてくれないのか? AI時代に輝きを失った発表会に思うこと

Apple Event

昨日、世界中のAppleファンが固唾をのんで見守った新製品発表会。美しいデザインのiPhone 17、驚異的な技術が詰め込まれたApple Watch。ハードウェアの完成度は、疑いようもなく業界のトップを走り続けています。

しかし、発表が終わった後、私の心に残ったのは興奮にも似た高揚感ではなく、どこか拭いきれない「物足りなさ」でした。そして、こう自問せずにはいられませんでした。

「心が震えるような『未来のビジョン』は、そこにあっただろうか?」

この感覚は、先だって行われたGoogleのPixel 10発表会で受けた衝撃とは対照的でした。Googleは、AIであるGeminiが、いかに私たちの生活に溶け込み、日常をスマートで創造的なものに変えていくかを、デバイスを横断した一つの「物語」として鮮やかに描いてみせました。

翻ってAppleはどうだったでしょう。「Apple Intelligence」という新たな名を冠したAIは、あくまで高性能なハードウェアの上で動く「追加機能」の一つとして、断片的に紹介されるに留まりました。

なぜ、Appleは「体験」を語れなかったのか? かつて世界を変えた巨人は、もう私たちをワクワクさせる未来を見せてはくれないのでしょうか。今回の発表会から見えた、Appleが直面する根深い「3つの壁」について、私の視点から論じたいと思います。


壁①:「統合の壁」― なぜ“魔法のような体験”のストーリーを語れないのか?

かつてAppleは、ハードウェアとソフトウェアを完璧に融合させ、「魔法のような体験」を生み出す天才でした。しかし、今回のAI戦略は、その魔法が解けかけているように見えます。

ライブ翻訳、フィットネス支援…。一つひとつの機能は確かに便利でしょう。しかし、それらは個別の「点」でしかなく、ユーザーの1日を貫く「線」としてのストーリーになっていませんでした。Googleが「朝、Geminiがスケジュールを最適化し、日中は言語の壁なくコミュニケーションを助け、夜はあなただけのクリエイティブな時間をサポートする」という一貫した体験の物語を提示したのに対し、AppleのAIは便利なツールの寄せ集めにしか見えなかったのです。

これは、AppleのAIがまだ「生活に溶け込むパートナー」ではなく、「便利なアプリ」の域を出ていないことの表れではないでしょうか。iPhone、Mac、WatchがAIによって真に連携し、ユーザーすら意識しないレベルで生活を支える。私たちが期待していたのは、そんな次世代の体験だったはずです。


壁②:「独自性の壁」― 「我々が作れば最高」という幻想はもう通用しない

今回の発表で紹介されたAI機能の多くは、正直なところ既視感のあるものでした。Googleをはじめとする競合がすでに提供している機能を、より洗練された形で後追いしている。そんな印象を受けたのは私だけではないでしょう。

もちろん、Appleには「プライバシー」と「エコシステム」という、他社にはない強力なアドバンテージがあります。しかし、その強みがAIという文脈でどう「ユーザーにとって嬉しい価値」に繋がるのか、その翻訳が絶望的に不足していました。

  • 「プライバシーが安全だから、具体的に何がどう嬉しいのか?」
  • 「エコシステムが凄いから、私の明日の何が変わるというのか?」

こうしたユーザーの最も知りたい問いに、Appleは答えられていません。もはや「Appleが作るのだから最高なのだ」というブランドの力だけでは、ユーザーの心は動きません。なぜなら、AIの世界では、Googleのようなライバルがすでに具体的な「価値」を提示し始めているからです。「我々が最高」というプライドが、ユーザー目線での価値提案の足かせになってはいないでしょうか。


壁③:「ビジョンの壁」― スティーブ・ジョブズなら、この現状を何と言うだろうか?

そして、これが最も根深い問題です。今回の発表会からは、Appleが「次の10年」をどう創造しようとしているのか、その意志、すなわち**「ビジョン」**が全く感じられませんでした。

それは単なるプレゼンテーションの巧拙の問題ではありません。企業としての哲学の問題です。AIが次のコンピューティング革命の核となることが確実な今、Appleはその革命の主導権を握る気概を失い、目先の製品サイクルを改善することに終始しているように見えました。

スティーブ・ジョブズなら、この現状を何と言うでしょう。きっと彼は、個別の機能やスペックではなく、AIが人間の創造性や可能性をいかに拡張するか、その壮大なビジョンを熱っぽく語ったはずです。そして世界は、再び熱狂したに違いありません。

今のAppleに欠けているのは、世界を再び変えるという、燃えるような野心ではないでしょうか。


巨人は再び目覚めるか? 私たちからの最後の期待

ここまで厳しい言葉を並べてきましたが、それは私が今でもAppleに期待しているからです。卓越したデザインの力、ユーザー体験への執着、そして世界数億人を繋ぐ強固なエコシステム。これらは、Appleにしか持ち得ない巨大な資産です。

今回の発表会が、巨人がAI時代に再び目覚めるための「産みの苦しみ」であったと信じたい。私たちは、Googleとは違う哲学から生まれる、Appleならではの人間的で、心温まるAIの未来像が見たいのです。

次の発表会で、私たちが心の底から「やっぱりAppleは最高だ」と叫べるような、あの頃のワクワクする未来を、どうかもう一度見せてほしい。世界は、巨人の目覚めを待っています。

目次